歳を重ねると、体力や集中力では若者に負けるようになるので、中高年は経験値の蓄積と組織に裏付けられた権威によって若者を管理する側に回る。
したがって、なんの経験値の蓄積もなく、裏付けのある権威もない、という中高年は悲惨である。
リスキリングだか転職支援だか知らないが、それは極めて冷静に判断すれば、いまや長期雇用による経験値の蓄積と組織に裏付けられた権威によって、中高年会社員を社会として保護することが能わぬという宣言にも思える。確かに企業としては中高年中間管理職を放逐すれば数値上は生産性が上がるのに違いない。例の、年寄りは自害せよ、と類似した人生観を感じる。
私は元々組織に馴染めない人間なので、転職への抵抗は低かったし、どうせ転職する人生になるのだろうという諦めもあったので、ひとつの組織で栄達するという道はそもそも見ていなかった。それでというわけではないが、今やなんの権威もなく経験値の蓄積もない中年になってしまった。
生成 AI 時代を生き抜く個人のリスキリング戦略
↑これはメールボックスから任意にピックアップしたイベントであるが、生産性を飛躍的に向上させるであろう新しい技術が登場した際に、それによってやはり余剰となる労働力が生じると考えるのは妥当であろう。あるいは余剰として排斥されないまでも、業務量の減少によって勤務時間の短縮、それに伴う俸給の低下、という事態は自ずと想像できる。他方生産性は上がっているので、企業としての利益は減らない。収益は上がれど賃金は上がらない。
さらにいえばひとの寿命は伸びる。人生百年時代などという。年取っても働けという。おかしな話である。
移住したり小商いをしたりと、オルタナティブな生き方がある種の理想像として描かれるのも無理はない。ただ、それを大手メディアや人材会社が煽るのはまたどうなのかと、これもおかしな話ではある。誂えられた衣装をまとってパンクを演じるというのでは虚しい。
ぼやいていても仕方ないので、中年である私はコツコツと「リスキリング」に励む。