大野えり(Vo)、板橋文夫(P)、米木康志(B)。
正直に言うと、日本人のジャズ・ボーカルに少し偏見があって、その原因のひとつは歌詞を消化できていない例に出会うことがあったからだと思うが、今回の大野えりの表現力には感服した。ベースとピアノとのトリオで、ドラムレスである。音量の大きいドラムを外すことで歌唱の自由度が増す一方で、リズムについてはベーシストのウォーキングベースによるフォービートやリフによる三拍リズムなどシンプルかつ力強いものに限定して、バンド全体としてしっかりグルーヴしていた。
ベースもピアノもいわゆる”伴奏”ではないのだが、しかし例えばピアノは、テーマや旋律から解放されたことによって、あるいはフロントをヴォーカリストに任せられることによって、ベースとのインタープレイを含む実に自在な演奏に特化できていた。フロントがいることによって自由になれるところもある。
大野の表現力について、白眉は三曲目のセロニアス・モンク”Ask Me Now”である。ジョン・ヘンドリックスの歌詞で歌われたが、まず出だしはベースのソロから入る。そしてベースがアブストラクトなフレーズを弾くのに合わせて大野のボーカルが入る。ただでさえ音程が取りにくそうなモンク曲で、コードトーンを外して抽象的に弾かれるベースの上でピッチを狂わせないという技術はなかなかすごいと思った。
この曲に限らず、歌詞をきちんと消化して表現の一部、しいて言えば音韻的なものを音響的な要素にまで還元して歌唱する上に、その歌詞のストーリーをしっかり表現しているのだから迫力がある。板橋の「渡良瀬」「グッド・バイ」には自作歌詞をつけて歌った。英語詞の滑舌になじんでいると日本語詞はどうも粘っこく感じるところもややあったが、それを重厚さに変えていけるかどうかというところで、やはりしっかり意味の力点を歌唱と相乗させる力量が表れていた。