『魂の形式 コレット・マニー論』中村隆之、カンパニー社、2021
https://companysha.com/colettemagny
コレット・マニー Colette Magny (1926-1997)
1926年フランスのパリ生まれの歌手。36歳でプロ・デビューし、フランス初の「真のブルーズ歌手」として注目を集める。1963年にCBSからリリースした〈メロコトン(Melocoton)〉がヒットし一躍スター歌手の座へ登りつめるが、すぐに商業主義と決別してル・シャン・デュ・モンドへ移籍。「シャンソン・アンガジェ(政治参加の歌)」の代表的歌手となる。その後ディエゴ・マッソンやアンドレ・アルミュロなどの現代音楽作曲家、フランソワ・テュスクやグループ・ダーマなどのフリージャズ・ミュージシャンとの共同作業によって、実験性と政治性を兼ねたアルバムを発表していく。歌、語り、叫び、呻きを混ぜ合わせた唯一無二のスタイルで、アントナン・アルトー、チェ・ゲバラからルイス・キャロルまで、ジャズ、ブルーズから子守唄までを自家薬籠中のものとした。1997年没。(https://companysha.com/colettemagny)
商業主義と決別して政治参加の歌を歌うと言うは易いが、ル・シャン・デュ・モンド移籍以降のレコードの売上はとても生活を十分賄うものではなかったとのことである。
政治的に先鋭化することが弱者や被抑圧者への共感と引き合う。あるいは現在の左翼と呼ばれる政治思想にそれだけの賭け金を置けるかどうか。また彼女自身、身近な内ゲバに心を痛めていた時期があるなど、党派性による政治とは異なる関心を持っていたのだろうと思う。
政治的に先鋭化するとは体制に批判的であることである。凡庸な人間はせいぜい体制側に身の安全と生活を保ちながら遠い彼岸のこととして弱者のことを知るだけだ。物事には秩序があり、ひとりの人間を信頼しうるにはある程度の一貫性が必要だ。つまり彼女が弱者や被抑圧者への共感から政治的に先鋭化したことについて、あるいはそのような信頼しうる人間であることを知ったうえで彼女の音楽を聴くことについて、よく考える必要がある。この意味でこの簡潔な評伝は非常に有用である。
残念ながら彼女を商業主義から離脱させたこの共感の感情は決して誰でもが真摯に持ち備えるものではない。ましてや自身の生活を投げ打つようにまっすぐにそちらに向かえる者がどれだけいるか。
その時に彼女が依拠した音楽が「フリージャズ」であること。フリー、自由というあり方は、自ずと与えられるものではなく、何かを引き換えに意志をもって手に入れるものだということ。自由でありたいものだと、心底思う。